魚津でもクマクマな日々


旦那さまの転勤で生まれ育った大阪市内から初地方暮らし 自然いっぱい海と山に囲まれた街「魚津」での超ロングステイの模様をお届けします
by mayao
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社会見学

f0355671_16543256.jpg
キャンプ場へ行く途中でこんな場所をみつけました。


「東山円筒分水糟」と書いてあります。


水循環遺産って言葉、よいですねぇ~。



で、どんなものかと言いますと



f0355671_16545206.jpg

こんな感じ。


丸い筒の底から水が沸いて溢れ出る姿はまるで造形美。


でもこれは見物するための施設ではなく
ちゃんとお役目のあるものらしいのです。


こちらに越してきたとき、四六時中山からザブザブと流れてきては
富山湾に注がれていく伏流水の豊富さに驚いたものでした。


魚津には水不足なんて言葉はないと思っていました。


だけど地域によってはそうではなかったみたいです。


片貝川は急流河川ゆえ豪雨になれば水害が発生。
そして夏は水が乾くため沿岸地域では水争いが絶えなかったのだそう。

争いをなくすために民主的な組合まで出来たのが明治23年。
でもその頃の水路は粗悪だったため解決には至らず。

その後昭和13年頃から分水糟を作ることになりましたが
戦争などがあり再開したのは昭和25年のこと。

今度は5年で作り上げたのですって。




f0355671_16550283.jpg

このフォルムの美しさ。


水路が左右に分かれていますね。


これぞ分水です。


mayaoたちがいたキャンプ場をもう少し上がっていくと
発電所があるのですがその発電所から取り込まれた水が
川の下を通る地中のトンネルを流れてきて
この分水糟で湧き出してそれぞれの水路に流れていくというわけです。


先人の卓越した技術の粋を見せつけられました。

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by manaApelila | 2015-09-29 00:27 | 日々のこと | Comments(0)
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